昭和47年10月27日 朝の御理解



  御理解 第70節
 『人間は万物の霊長であるから万物を観て道理に合う信心をせねばならぬ。』

 万物を観て道理に合う信心。今度御本部から小倉の教会の記念祭にお礼参拝をさせて頂きました、帰りを山陰の方えまわせて頂いて昨夜十二時過ぎだったでしょうか、一行無事に帰らせて頂きました。私は成程金光様の信心は道理に合った信心だと思うそう信じております、又道理に合うた信心でなからなければいけません、にも拘らず何とはなしに、道理に合わないものが段々金光教のなかにも、段々ある事を感じてきました。
 そう言う道理に合わない所は直す所は直し、廃する所は廃して行かなければならない、愈々道理におうた信心をして行かないと、信心が非常に窮屈なものになります。又迷信打破の金光教の信心が金光教の中に迷信を作ってしまう様な事になると言う様な事を思います。今度の、私共が山陰の方え回わらせて頂いて、初めての所で御座いますから、大変見物する所も多いし、又名所古跡と神社仏閣なんかも、回わらせて頂きましたが、大変結構な事で御座いました。
 例えて申しますと、私共が色々と聞き伝えに伝えて聞いて来ておる事柄の中に、御本部参拝をさせて頂いて、寄り道やら脇道を帰りにしたら、おかげをおとすと言う風に私共は言われて来ました、それは真一心と言う物がお道の信心では一番大事にされるのですから、ついで参りと言う様な事をまあ教えられたと思うのですけれども。ついで参りと言う様なものではない、もう勿論御本部え参拝させて頂くのが主である、記念祭のお礼にお届け参拝させて頂くのが主である。
 ですから私共が今度山陰に参らせて頂いたのは、何処迄もついでなのである、いうならば主客転倒してはならないと言う事、山陰地方の旅行があるあら、ついでに御本部に参ってこようと言った様な事ではないです、いやそれでもです。例えば大阪へ商人の方達が商用で参ります、それは商用に行くのが芯であります、けれども例えば横を通らせて頂いて、ちよっとお礼参拝させてもらわなければ居られないと、言うのは是は素晴らしい事だと思うのです。皆さんどうでしょうかこう言うのを。
 こう云う例えば道理に合わない事を、先輩やら先達の人達がその精神は確かに間違いないでしょうけれども、それを受け継いで行く者のうちにです、何時の間にかそう言う事になって来ておると言う事は、それはもういよいよ道理を説き万物を観て、道理に合う信心と仰られるのに道理に合わない。こう言う事は、ひとつ私は直して行なければならない。行きがけに色々とお知らせを頂いた事やら、その事やら皆さんと話し合った事ですけれども、何と言うても合楽は教団のひとつの革命。
 いや是はもう本当言うたら、金光教の革命やらではなくてです、いわゆる宗教全体を革命して行なければならない、仏さまの名において、神様の名に於いて、果たしてどれだけの信心があるか、信心がなされておるのかとそれで信心者、信仰者として又は宗教団体としてです、それで良いのかと思う時にです。どうでも合楽で言わせて頂いておる、信心を徹底させてもらうてです、信心はかくあるのが本当だ。でなかったならば、信心の生きた働きと言うものは受けられない、無いのだと言う様な事をです。
 分かって貰わなければならないなと思わせて貰う。素晴らしい神社仏閣やらをお参りさせて頂いたけれども、それはお参りではなくて沢山の人が集まっておりますし、例えば京都にもありますけれども、同じ字で山陰地方にあります清水寺、それは大変見事な所ですけれども、その境内に沢山の料亭があります、勿論お寺さんですから精進料理ばかりのお寺さんです、境内にある勿論あれは結局そのお寺さんの収益になる事でしょうね。
 あれだけ沢山の寺の住職は、それはもう私共のが好きな者が見たり聞いたりすると、よだれの流れる様な素晴らしい、例えば茶室なんかがありますね、そのうお部屋を見せて頂いたお茶もよばれた、けれどもそれは全部拝観料と言うのがいるのです。私は思いましたですねえもう、例えば教会なら、境内神社仏閣、まあ元々は何とわ無しに霊場、霊験あらたかな物があったろう、あれだけのものが建立出来たのだから、言わば建立出来た所は、それは人に拝観料を取って人に見せるお寺になってしまったと言う事。
 是は金光教でもあんまりがらんどうの様に立派な何とか伽藍じゃないけれども奇麗になる、美しゅうなると言う事が、是は宗教の生命を無くする結果になる所をです、大いに私共は警戒しなければならないと言う事を感じる。例えば出雲大社あたりでもそうです初めてお参りでしたが、もうその神域の素晴らしさですねえ、もう門前町の賑わい、大した神社でありますけれども、それはもう何処迄も、お札一枚軸一本が全部お金に換えられる、神様を言わば買って帰る様なものです。
 勿論それで維持が出来ておる訳ですがどこ迄も、所謂信仰ではなくてもう商売である。だからそんなら他所のそうした宗旨宗派やら神社仏閣を言うだけではない、そんなら金光教の中にもそう言う様な、私は事があってはならない、それには教祖金光大神が教えられる様な、道理に合う信心を本気で極めさせて頂いて、もう第一にね、私は今度はもうあらゆる偉い先生方から まあ暗に言われた事で御座いますけれどもね。今度あちらえ参りましてからでもそうでした。
 帰りの小倉でもそうでしたが、兎に角合楽はこう言うそのおかげを頂いておるのに対して、お礼が足りないと言う事でした。もうお礼さえすればです、お礼と言う事はそのままお供えが少ないと言う事です、お供えがどんどん出来ればもうそれがお礼が出来たと、言う様な考え方は、是はいよいよ私は迷信だと思う。お礼と言う事が只お供えと言う事であった、言うならば御用すりゃ助かると言う、ひとつの理も成り立ちますけれども、それはお供えをしておる時だけであって確かにそうです。
 そう言う理があります、どんどんお供えすりゃ、どんどん入って来ると言うなそれが有りますけれど、どんどんお供えが出来んごとなったらピタッと止まってしまう様な物であってはならない。もう是は私が兎に角もうそれは、紙一重の様に、その辺の所をの違いと言うのは、有るのですけれど、合楽で言うておる本当のです、いわゆる和賀心を目差させてもらう。和賀心におかげが有ると言うのですから、和賀心になる事を本気で、焦点をおいて信心させてもろうて全ての事の中から。
 お礼の言えれる心と言うものを、自分自身の心の中に頂いて、そう言う心におかげがある。そう言うおかげをもって、お礼をさせて頂かにゃおられんのであり、御用させてさせてもらわなければおられんのであると、言う信心にならなければ。ね。それだけの違いですけれども、ですから私は今、私は行徳先生から手紙が来ておりましたから今此処で開いて荒荒読ませて頂きましたが、もう大変な感檄と関心をもって手紙を書いておられます、今迄合楽を見損のうておったと言うておられる。
 あれを汽車の中で一気に読み下した、そして貴方の信心を初めて見直した。初めて分かった、私は宣伝しないから分からんです、親教会で聞かれるだけだから。勿論あの書物の中に、表れておるのは それこそ、荒荒であります。此処の帰りに、熊本にある八十年からの教会此処が、熊本の町のまん中にありましたから、そこを売って田舎の方へ移られました。だから大変な土地の値上がりですから、まあ是は私が聞き伝えた話しですけれども、此処にも引越をなさる前に見えられた。
 私が留守中に。それで立派な会堂が、一億円からかけて造りなさるげなと、言うげな話ですけれども 話しは聞いておった。けれどもその教会にお引き寄せを頂いてです、教会は只大きゅうなるとか美しゅうなるだけではない、その中身にです、お取次ぎの生き生きとした働きと言う物が無かったらね、何もならんと言う事を此処に書いてある。それに反して合楽では教会長をはじめ幹部の方達が燃えておられる。
 それからあのお書物を読まして頂く、あれやら是やらを思わせて頂いて成程、成程と感ずる所ばかりであったと言う意味の事が書いてあります。只お取次ぎと言う事が型式になってしまって、しかもそのお取次ぎの内容と言う様なものは、御用せにゃ助からん、お礼せにゃ助からんと言った様な信心になってしまったらどう言う事になりましょう。どんどんお供えをする、一生懸命御用をする、そこには確かにおかげを頂くと言う事はありますけれども、それが力になるとか徳になると言う事は絶対ありません。
 それが力になるとか徳になると言う事は絶対ありません。それが徳になり力になると言う事は何処迄もお礼と言う事が、お供えと言う事じゃないと言う事です、お礼と言うのはやむにやまれんおかげを頂かんならんからお礼をする、沢山お供えをすると言う事じゃない。もう此処ん所から根本的に金光教は、いわゆる革命を本当にして行くねばならないと言う事です。教祖の御教の全てがです、言うなら和賀心一つに絞ってもいいです、和賀心にならして頂く、此の教祖様の御教がです。
 御用せんならんとか、お供えせんならんとか一言も言うちゃないです。只是を言うならば、百六十何ケ条の御教がもうその全てがです、和賀心にならせて頂く事の為に説いてあるのです。ですから私共が本気でです和賀心にならして頂く事の為に、改まりもしなければならんお詫びもしなければならない、又いよいよ清めた上にも清めて行かなければならない。其処から生まれて来る所の和らぎ賀こぶ心。
 その和らぎ賀こぶ心にもう是は限り無いおかげが伴のうて来るから、限り無いお礼の出来れる所の、又は御用させて頂く心と言う物が生まれて来る。主客転倒してはならない、その証拠には例えばあれ程御用が出来ておられた、あれ程お供えがどんどん出来ておられたのが、どうしてそんなら子供になって孫になって信心が無くなってしまう、徳が無いからです。それをしておる間だけはです、成程おかげを受けるです、だからそげなこつじゃない、だから金光様の信心は何処迄も人間は万物の霊長であるから。
 万物を観て道理に合う信心と言う事に絞らせて頂くとです。いよいよ万物の霊長としての霊徳と言うか、霊長としての光と言うものを現して行くと言う事以外ないです。私共が万物の霊長として自覚が出来たらそれをです、愈々清め愈々改まって行く所から 光を放って来る、それが和賀心なんです。もう私は今度おかげを頂いてです、まあ良い事わるい事につけてです、噂の散るのに驚いてしまうです。昨夜小倉にも寄らして頂きましたら、もう御祈念に間に合う様にと思うて、九時ぎりぎりにお参りしました。
 恐らく八時迄くらいじゃ無いでしょうか、けれどもそれでも折角来てからと云うので、あそこもう締まっておりましたけれども、お住まいの方に電気が点いておったから、お知らせ頂かしてもらいましたらまだ起きて居られました、したらと言う事でまあ改めてご挨拶させて頂きましたら。末子先生がもう合楽の何もかにも知っておられました。兎に角その噂が散るのに驚きます、まあそれは良い事の意味で御座いましたからね。けれども此の大祭が小倉大祭と同じ日にあると言う事を、色々問題になっとる様です。
 けれども帰る道々、いくら問題であったっちゃ是がそんなら何故合楽が、二十日の日にと言う事はね、是は私の意志じゃないですからね、是はもう親先生が、どうでも強引に二十日に、二十日と言う日は小倉に差し支えが出来るからと言う事は、言ったけれども強引に押し切られて、二十日になった訳なんですけれども、それをそう言いよると、今度は親先生の事を言わなければなりませんしね。
 その事にはあんまり触れずに 何とかあちらも立てばこちらも立つ様なおかげを頂きたいと言うて帰って来ましたけれどもね。もう私の現在の信心から言うと、全然道理に合わない事を、金光教の偉い先生方は思うておられるなと言う事です、だからお取次の生きた働きと言うものが、私は無くなって来ておるのじゃないだろうかと思う。ようと考えてみると「のや」と言うて皆で話した事です。ですけれども、どげん考えたっちゃ、うち(合楽教会)やら、もうやしゃ孫ですけんね言うなら。
 小倉から言うたらもう子供の又子の又子の又子なんです、ですから本なこつ言うなら、うち当たりに案内が来る事すらがおかしい、是はもう成程私の信心を育てて下さったのは親なのですから。そんな親の信心を育てて下さったのは親の又親なんですから、その親を大事にすると言う事は有るけれども、是は私共のごと、やし孫ならやし孫と云うならやしゃ孫が一番きつい思いせんならん、ずーと教会のお務めせんならんと言うなら、是は実に煩わしい事になる。
 けれどもそうして合楽に目を付けて頂いておる事は有難い事でもあるけれども、又有難くない事でもあると言うような話しをして来た事ですけれどもね。どう考えてもいわば、万物を観て道理に合う信心ではない方え道が開けてじゃなくて、伝わって行っておる感じです、是ではです、今に取次ぎの働きが無くなってです、それこそ拝観料をとって拝観料で、でなかったら只出社だけから上がって来る、言わば収入で、親教会が立たなんちゅうごたる結果に変る、親教会の助かるのが無い、ね。
 そう言う事ではいけない、それをです私は合楽の場合は、もう本当に迷信を所謂金光教の中にある迷信を打破してゆかなければならない。そして思い違いされておる事、例えば御本部参拝の帰りに寄り道をしてはおかげを落とすと言った様な。、こんな道理に合わない話しはない、その事を皆さんにも話しました。私が今度山陰行きを大体山陰ではなかったのですけれどもタイミングようそう言う事になったんです、そしたらなる程山陰の方えやらして頂かなきゃならん、色んなおかげを頂いて参りましたがです。
 そう言う事がおかげを落とすものか、受けるものかハッキリ私が一つそれを試して、そして、例えば合楽の御信者さんはです、例えば商用でちょいと大阪に行ったならば、商売に行く事が、シンであって、横を通るのであるから、ちょっと寄らにゃおられんから、御本部参拝をする、言う事は素晴らしい事であると言う事。又は御本部参拝をさせて頂くと言う事が芯であるから、大阪まで用事があるのであるから。
 御本部参拝が芯であるから、此処まで来たのだから、一遍九州に帰って、又大阪行きするじゃなしに、あれから大阪に行きなさい、それが本当な事だと言う事をです。どんなに考えても 道理に合う私の言ってる事の方が。そう言う事をですいかにも真しやかにですね、私共は聞かされて来たと言う事、まあ是はねもう本当にいわば氷山の一角です。そう言う様な事は、金光教のも少し、根本的な所からおかげを頂かれる道と言うものを。もう兎に角私は今度御本部の方から見えられた先生からも。
 又今度行った古川でもでしたけれども、もう言われる事は、お礼が行き届かないと言う事でした。おかしな話しですよね、今頃豊美を通して言われた事は、何処どこの教会は記念祭にお初穂をそのまま全部をお供えしなさった、かもそれが本なこつのごと、そんなら教会はどげんするの借金の上に又借金負わにゃんじゃないですか。例えばそんなら御本部の出社の合楽がです もういよいよ大きくなって沢山助かって行くならばです、親が金光様が喜んで頂く信心でなからにゃ嘘だと思うです。
 何かこう大きくなって行く事がおかしいごたる言い方をする、どんなに考えても道理に合わない、まあだまあだ道理に合わない事は沢山有るです。そう言う所を一つひとつ身をもってです、合楽の信奉者がです体験させて頂いて成程そう言う事はないと言う事を、確かめてしかもそん、なら金光様の御信心の全てがです和賀心に掛けられてあると言う事、それを私共の物にして、それに伴うところのおかげ、おかげは和賀心にありとハッキリ仰っておられる、そのおかげを頂かねばならん。
 そんなら和賀心になるから、是は力にも成れば、徳にも成る、是だからこそそんなら子にも孫にも伝わるのです。私が一生懸命御用しておる事が、子供もその真似をしきりゃいいんですれけど出来ません。それよりかいわゆる信心を子供に渡しておかねばなりません。信心とは御用する事でも無からなければ、お供えする事でも無い、何処迄も私は和賀心と云うね、和賀心に和賀心になって行く事の楽しみ喜びを、愈々育てて行く事以外にはない。それに例えばそんなら皆さんが言われる。
 お礼が大事ばいとか、道を大事にするとか、言われる様な事もです。自ずと和賀心になって来りゃ、例えば和賀心になって親を粗末にする人が有るでしょうか、和賀心になりゃ成程親を大事にしなければならんのであって、和賀心になって行けば行く程、おかげが受けられる、ならそのおかげを御用に、現して行かんはずがない、そう言う御用でなからなければならない。
 今度の私、御本部帰りの山陰旅行で色々教えられた事、まあ一つ一つまた、まお土産話でもさせて頂きたいと思うのですけれども、私は今度大山と言うあの大きなスキーで有名な山があります、あそこの旅館に一泊して、そしてから帰りは、玉造温泉にですかね、出雲から出た所の温泉で一泊させて頂いて、玉造温泉で泊まらせて頂いた所で、私が清水寺から大山寺に、それから出雲さん色々お参りさせて頂いたね、仏さま神神さまがね、私がやすんでおる所にね、お礼に見えましたもう本当に勿体ない話です。
 私が行って拝んだと言う事はですね、皆さんがそんなら只、拝観料出してから見げ行くと言うのじゃなくてです、もう兎に角、もう出雲大社なんかでは、何時も私の事を、大黒様とこう言う意味の、表現で下さるんですから、もう帰りがけに、是は冗談ですけれども、是はもう大黒様がもう「そうよ」合楽に来てしまいなさる感じがするね、と言った様な事ですけれども。その表現なんかも、素晴らしい表現でですね。
 もう本当に、もう人間だけは立ち行きよる訳です、お寺さんが立派であったり、神社が立派にしとると、人間だけどん立ち行きょる訳です、拝観料でをとる、商売になってしもとる、もうだから、信心とは名ばかりなんです。ですから、その神様やら仏さまやらは、窮窮言い御座る、もう道を無くしてしまって御座る。それにです久し振りで道を付けて頂いた。久し振りで此処ん所を、いわば救いの手をさしのべて下さった、と言う意味のお礼に見えられた。
 やっぱりあれだけのものが出来るためには、何かそこにあらたかな一つのそう言う、神様仏さまのいろんな不思議な働きがあっての事であったに違いないのです、なかったらあんなものは出来ません。所が段々出来上がって参りましたら 現在拝観料をとってそれでそんなら、その周辺の人達が只商売繁盛しておると言うだけの事では相すまん事で有ります。ね。私が奥城でお礼申させて頂いておる時に頂きました事もやはりそうでした、五年祭は此の様におかげを頂きましたと。
 言う事がもう本当に内容のない事でしたけれども、せめて十年祭にはもっとましな十年祭が仕えさせて頂く為に、愈々信心の内容を頂かねばならんと言う祈りを捧げさせて頂いておりましたら、大関と言う灘の酒が有りますね。相撲の大関とか横綱とか言うその大関ち言う銘柄の酒があります、その酒樽じゃないにそれに実が一杯い入っとるのに、二段に積んじゃるのに、空樽と実が入っとるのは違いますよねえ、見ただけでもその中に実の入っとる酒樽が二十丁位ずうっと二段に重ねてある所を頂きました。
 ですから神様も例えば、此の十年祭なら十年祭をを目指してもっと内容のある、中身のある所の言うなら生きた働きの愈々出来れる事の為に精進せよと言う事を、お知らせ下さったんだと思うんですけれどもね。その生きた働きと言うものが、どう言う所から生まれて来るかと言うと、愈々人間は万物の霊長であるから、万物の霊長としての自覚にまず立たなければならないと言う事、その霊長としての値打がです、例えば我情我欲で曇り果てて居るのですから。
 此の我情我欲を取らせて頂くと中から、それこそ霊光讃とした光が吾心の中から頂けれる、改まられる研かれる事によって、愈々霊長としての値打のあるものが此処に現れて来る。それが和賀心、その心にいわゆるおかげがあるのである。万物を見て道理に合う信心、どんなに考えても御本部参拝させて頂いて帰りに例えば、大阪なら大阪に寄ったらおかげを落とすなんてー事があってよかろうはずがない、どうでも行かなければならない大阪ならばね、御本部参拝が中心であるから。
 お参りさせて頂いて、此処までやらして頂いておるから、大阪えやらして頂くのである、もうそれこそ神様は喜んでこそ下され、それでおかげを罰を当てなさる様な神様であるなら金光教の信心はおかしいです。まぁそれを又は、商売人の人がが大阪に用が商用が有ると言うのであるならば、もうこれは商用が絶対中心でなからねばいかんです、けれども金光様には御本部の横を通らせて頂くからです、どうでも金光さまの信者として、ちょっと寄ってお礼を申し上げねばおられない。
 と言うんですからこんな素晴らしい話があるもんですか、そう言う様な事がおかしいと言われるのが現在の金光教なんです。もう本当にだから私がそれが罰かぶるか罰かぶらんか私がいっちょ試してみてそしていよいよおかげを頂いて行くと言う事を、この一事だけではないあらゆる事でもです。 決してお供えは馬鹿んごとせん、絶対私は、又実際出来もしません現在の所。けれども此処は。
 此処はと言う時には是は絶対誰が何と言うてもします。ですから私はお供えある先生方は私が御用が出来たから、是だけのおかげを頂いたと言うておられます、決してそうじゃないです、私はどこ迄も所謂本気で成行きを大事にさせて貰い、愈々本気で和賀心を求めて、愈々神様の心が解って神様の心に添わして頂こうと、精進するからおかげ頂いとるのです。お供えするからでもなからなければ御用するからでも決してない。
 それをなら、私の事を心配して下さる偉い先生方がです、お供えが足らん足らんと言わんばかりの話を、もう何人もの人から聞きました、けれども決してそうではない、と私は確信するのです、そう言う所もですね私は所謂、先ず金光教自体身体が一つ革命させて頂かなければです、そして教祖の本当の御信心に、所謂全教一心全教一家と仰る、その全教一心してと言う事はそう言う事だと思う そう言う事をひとつ改めて行きたい。皆さんもその為にはです本当におかげおかげと言うてね。
 御利益だけに終始しておったんでは、私の言う事を現す事は出来ません、もう本当に親先生が言われる様に、愈々成行きを尊び大事にさせてもろうて、愈々和賀心をそこから求めさせてもろうてその和賀心に伴のうて来る所の、おかげを頂いて、お供えも御用も出来ますと言うのでなければ、本当の御用でもお供えでもない。それならば力になるお、それならば徳になると言う事を、私共が現して皆さんに示して行けれるだけの、おかげを頂きたいもんだと思いますね。
   どうぞ。